空と太陽

                2019/11.03

 ウォーリアは両頬を、その無骨な大きな手で優しく包まれるように、だけどしっかりと固定されていた。まるで、逃げることは赦されていないかのように。ここにずっと留められることを、包まれた手で強制させられているかのように。もう、かれこれ数十分は経過している。
 互いの鼻先がくっつきそうなくらいの距離で見つめ合ったまま、じっと固まった状態で過ごしていた。向かい側のガーランドはずっと無言で、甘い空気どころか、妙に物々しい空気を出している。いつまでこの状態でいなければならないのか、ウォーリアは少なからずの不安を感じていた。

***

 夕食を一緒に食べ、後片付けをふたりで行った。それから、長椅子にふたりで並んで座った。特にこれといった会話もなく、寄り添うようにふたりで肩を寄せ合っていた。
 沈黙が重苦しくなることもないまま、時間だけが経過する。甘くもないが重くもない、この絶妙な空気がウォーリアは実は好きだった。
「ウォーリア」
「……どうした、ガーランド」
 沈黙を貫いていたガーランドは、ゆっくり顔を動かして隣にいるウォーリアを見つめてきた。ウォーリアはガーランドに名を呼ばれ、なんだろうと思う前に顔を上に向けた。すると、ガーランドに頬を指先でなぞられてから、その大きな両手で包み込むように添えられた。
「……っ」
 ウォーリアがなにかを伝える前に、この状態はすでに完成しており、ここから先は有無を訴えることもできなかった。互いの瞳に互いが映り込むほど見つめ合って、なにかをしてくるわけでもない。
 ウォーリアは、目の前の男の行動の意味が理解できなかった。いったいなにをしたいのか。聞きたいが、黄金色の鋭く真摯な目で見つめられては、ウォーリアもなにも言えない。こくりと小さく息を呑み、ガーランドの行動を見守ることしかできなかった。

「……ガーランド?」
「……」
 時間だけが刻々と過ぎていく。意を決したウォーリアの呼びかけには無言だが、ぴくりと身を動かすことで一応は応えてくれる。しかし、ガーランドの手はウォーリアの両頬をがっちり固定しており、手を離すことはない。
 先からずっとこの調子で、このやりとりも何度か繰り返されている。この状態が続くことは、ウォーリアにとって別に嫌なことではない。むしろガーランドの獣のように鋭利で、強い黄金の双眸を間近で見ることが可能になる。そのせいもあって、不安を感じていながらも、ウォーリアは現状を維持したままでいた。
「ガーランド……」
 ガーランドがなにをしたいのか。ウォーリアは本当にわかっていなかった。なにがしたいのだろう? ウォーリアの脳内に疑問符が飛び交う。
 時々ガーランドの逞しい指がするりと動き、頬や眼の下、耳許や唇までなぞっていく。
「も……」
 ウォーリアにとって、ガーランドに触れられることは、本当に嫌なことでは決してない。しかし、このような触れ方をされれば、現状を維持することが難しくなっていく。はぁ、ウォーリアから艶のある吐息が洩れる。
 想いを寄せる者にこうして触れられ、ウォーリアの羞恥心は限界に達しようとしていた。しかし、表情として出してしまえば、至近距離故にすぐガーランドに気取られてしまう。ウォーリアは眉を少しだけ寄せ、じっと見つめるだけのガーランドの綺麗な黄金色の双眸を見つめ返していた。
 ガーランドの黄金の双眸は、文句なく綺麗だと思っている。様々な色合いに変化し、表情の変化の少ないこの男の感情を唯一出してくれる部位だといえる。真剣な眼差しと玲瓏たる雰囲気と声色で、コーネリアのすべての騎士たちを束ねる王国の騎士団長──。その凛々しく立ち振る舞う姿は、見るものすべてを魅了する。
 しかし、この場にはウォーリアとガーランドしかいない。その真っ直ぐ、かつ真剣な眼差しで見つめてくるガーランドは、今に限ってとても甘い色をまとっていた。いつもの玲瓏さなど、どこにも見当たらない。
 大切なものに触れるような手つきが、その黄金色の奥に宿る命の色が、どうも愛されていることを実感させてくれる。ウォーリアの白い頬に、じわじわと熱がこもっていく。だが、これは当人としても意識していないものなので、どうすることもできなかった。
「ガーランド……」
……頼むから、その眼差しと手つきをやめてはもらえないだろうか。
 羞恥の限界から真っ朱に色づいたウォーリアの弱々しい声は、聞き届けられることはないと思われた。しかし、そのウォーリアの声で、なにかを察したらしいガーランドは、はっとした表情をウォーリアに向けてきた。
「……すまぬ」
 ガーランドの片手がウォーリアの頬から離された。だが、もう片方の手はウォーリアからは離れることなく、腕を掴んでぐっと引き寄せられた。頬に添えられていたもう片方の手はそのままに、ウォーリアは両手をガーランドの背中にまわす形をとられた。
 意図せぬ力で、しっかりとガーランドを強く抱きしめることになった。どうしてこのようなことになっている? ウォーリアは混乱し始めていた。
「お前の眼が綺麗だったから……つい、見とれておった。──澄み渡った天の色だなと思ってな」
 ウォーリアの耳許で、ガーランドはぼそりと告げてきた。頬に添えられていた片手で、色づいた頬をするりと撫でていく。ウォーリアの頬は一気に染めあがり、混乱はさらに増していった。
「あまりにも美しい虹彩故に、ずっと見ておりたくて。つい……な。気に障ったか?」
「〜〜っ」
 とんでもない告白をさらりとしてくるガーランドに、ウォーリアのほうが参ってしまった。羞恥と混乱が最高潮に達したウォーリアは、ガーランドの肩口に顔を埋め、その広く逞しい背中をぺちぺちと叩いた。
「お前でも、そこまで恥じるか」
「うるさ……っ!」
 それなりに力を入れて叩いたはずなのに、どうしてかガーランドは嗤っている。きっと、ガーランドにはたいしたダメージとはなっていないのだろう。ウォーリアは考え、悔しさからきっと睨みつけた。
「ガーランドの、お前のその目だって!」
「……儂の目が、どうした?」
「その太陽のような黄金の瞳が……私は好き、だ……」
 睨みつけたはいいが、やはり羞恥が勝る。顔を下げてぐりぐりと肩口に顔を押し付けながら、負け惜しみのようにウォーリアは叫んだ。しかし、最後は尻すぼみとなり、聞こえるか聞こえないかのか細い囁きになっていた。
 ウォーリアは嘘を決して言わない。太陽のような黄金の瞳……と。先にガーランドが喩えた、ウォーリアの天の青の色に合わせられている。
 そのことにガーランドは気付き、つい目許を緩めていた。
「……そうか」
 ガーランドはくすりと小さく嗤い、ウォーリアの美しい氷雪色の髪をくしゃくしゃと撫でた。それだけで、朱く頬を染めたウォーリアが、ゆっくりと顔を上げてくる。
 顔を上げてガーランドを見てみれば、口許を緩ませている。どこか上機嫌なガーランドの様子に、ウォーリアは訝しげな視線を向けていた。
「しかし……好きなのは、儂の目だけか?」
「……っ、」
 トドメを刺してくるかのように、そう、熱のこもった……少し浮かれたような甘い声を、耳許で囁いてくる。ウォーリアは抗うことのできない追撃を食らっていた。
 もはや、どうすることもできなかった。ウォーリアでは、どうやってもガーランドに勝つことはできない。初めから勝ち目なんてものは存在しない……まさに、勝敗の決められた完全出来レースだった。
「〜〜っ、好きだ! ガーランドのすべてがっ!」
「ふ、……儂もだ、ウォーリア」
 見つめ合っていただけが、なぜか告白しあうことになっていた。しかも、この言葉勝負に無事に勝利を収めるとともに、ウォーリアからの嬉しい告白までもぎ取った。
 このとき、ガーランドの胸中では、実はウォーリアに対して白旗を振っていた。勝負には勝ったが、同時に敗北もしている。互いを抱きしめ合うことで、うるさい鼓動がウォーリアにもわかるのではないかと心配になるくらい、ガーランドの心中は穏やかではなかった。
 しかし、当のウォーリアには、ガーランドのそんな胸中の白旗など知る由もなかった。羞恥と混乱が勝り、ガーランドの激しい胸の高鳴りに気付く余裕もなかった。気付いていれば、また違う結末を迎えていたのだが……。

 Fin