2019.6/27
それは人魚の恋に似ていたのだと思う。一時の恋心に惑わされ、泡となって消えゆてく……。まるで今の私のようだった。
たとえ恋心が芽吹いたとしても、互いに剣を交えなければならない。勝敗が決すると同時に、敗者は消えゆくことになる。
敗者が次に目覚めたときには、すべての記憶を失ってしまう。せっかく芽吹いた恋心も、また育てるところから始めなければならない。
私はそれを幾度と……終わらない闘争の輪廻を繰り返すなかで、同様に繰り返してきた。いつになれば、この戦いは終わるのだろう──。私は決着を夢見てきた。
そうして、とうとう私たちを縛り付ける輪廻の鎖を断ち切り、私とガーランドは自由を得た。
私は嬉しかった。自由になれたことがではない。ガーランドを自由にしてあげることができて。ガーランドを縛る鎖から解き放つことができて。
たとえ、そう……たとえ、その代償がガーランドの記憶だったとしても、私は一向に構わなかった。だって、私はガーランドの元を離れるから。役目に背き、宿敵に恋心を抱いてしまった私を、神々は赦してはくれないから──。
「……ありがとう、ガーランド」
今だけこの男の胸の中で眠りに就き、私は明日には姿を消すことになる。私はそれでもよかった。たとえ消えゆくことになろうとも、ガーランドとこうして想いを通じ合わせることができたのだから。
明日になればガーランドは私を忘れ、これからはひとりの男として幸福を見つけるだろう。それで、いい……。消えゆく私を記憶に留める必要なんて、どこにもない。私は眠るガーランドの胸の中で、小さく微笑んでいた。
「……お前が神に背くとほざくなら、儂もともに背いてやろう」
「ガーランド?」
胸の内で眼を丸くするウォーリアを見下ろし、儂は呟いた。どうやら儂が寝ておると思い、つい本音を洩らしおったらしい。くっ、儂は鼻で嗤った。
「お前が消えゆく運命にあるのなら、儂が抗ってやろうぞ。お前が消える必要など、何処にもあらぬわ」
「そのような根拠のないこと、どこから……」
どうあっても自我を貫きたいのか、ウォーリアは儂の言に耳を向けようとしなかった。儂はウォーリアの髪をさらりと撫で、頬に手を添えた。まだ温かい。まだウォーリアは此処に在るとわかる。
「その身が冷めることのないように、儂が温めてやろう。消えるならば、儂もともに消えてやろう」
「お前がそう、言ってくれても……。じきに記憶を失い、私を忘れる。そうなる前に」
「〝────〟」
儂は古の魔法を唱えてやった。胸の内でウォーリアがびくりと身を揺らしたのが、儂にも振動として伝わってきおった。くくっ、儂は嗤っていた。ぽかんと間抜けな面を晒す此奴を見るのは、かなり久しぶりに感じる。
「真名を唱えてやった。これで……お前は儂から離れられぬわ」
「私を精霊や召喚獣扱いしないでもらいたい」
形のよい眉を寄せ、不機嫌を全開に主張してきおる青年のひたいに、儂は爪先をあててやった。白いひたいに印を刻んでやる。目には映らないものだから、ウォーリアの美しい白磁の肌を損ねることはない。
「お前をこの地に……儂に縛りつけるなら、手段などどうでもよいわ。この魔法効果は儂の命尽きるまで及ぶ。どういうことか……理解できるな?」
「……」
理解を得たのか、途端に顔を真っ朱にしてぎゅうぎゅう抱きしめてくるこの青年を、儂はいったいどうしてやろうかと……真剣に悩んだ。
だが、神々の影響はウォーリアを蝕む。これだけではまだ心許ないので、日が昇れば魔法をもう少し強めてやろう。その際に必要なのは……まずは、未来を約束する指輪であろうか。目に見えるもので縛れば、ウォーリアとて少しは安心するであろう。
「儂は忘れぬ。この魔法は儂にも及ぶからな……」
駆使する術者がすべてを忘却してしまえば、この魔法はたちどころに効力を失う。そのような魔法など、唱えても失敗するのが目に見えるようにわかる。それが失敗せずに成功した。
それは、すなわち、儂の記憶からウォーリアがなくなることはないことを意味しておる。
儂は抱きしめてくるウォーリアの腕をとり、その場に縫い留めた。消えゆく心配をこれ以上することのないように、しばらくは身を繋げておいてやろう。
くっ、儂は口角を上げ、ウォーリアの身に触れていった。不安に怯える青年から、余計な心配事を払拭させるために。一時的でも、忘れさせるために──。
Fin