どちらかが相手を拘束しないと出られない部屋(DDFOO)

                2023.02/21 

 小さな個室に閉じ込められたガーランドと光の戦士──ウォーリアオブライトと呼ばれている青年は、しばらくは無言で顔を見合わせていた。
 互いが近づけば共鳴を起こしてしまうから……といった理由で、ふたりは近くに寄ることも禁止されている。なのに、どうして、ふたりでこの場に立たされているのか。ふたりして探るように見つめ合っていたが、映る瞳は互いに困惑と戸惑いといったものだった。
 窮屈な部屋ではあるが、鎧姿のガーランドが一応はゆったりできるだけの大きさはあった。そこに青年が加わっても狭さに問題はない。
 幸いにもこの個室内では共鳴が起こらないらしく、同室することに影響はないらしい。ふたりは互いに気づかれないように安堵していた。
「それより、だ……」
「そうだな」
 ガーランドが切り出せば、青年も頷いた。この部屋をさっさと出て、仲間たちのもとへ合流しなければならない。ふたりして不在となれば、あの不安定な世界はどうなるのか。神々に力を託されたふたりは使命感だけを逸らせ、ふたりきりになっているという現状を理解していない。
「開かぬな」
 扉は取っ手のない引き戸形式であったが、ガーランドの力をもってしても開く気配はなかった。施錠されているように思えたが、鍵穴すら見つけることはできない。このまま閉じ込められたままでは、いつかは問題が生じてしまう。ガーランドが眉間に皺を寄せて考えていると、青年が声をかけてきた。
「ガーランド、これになにか書いてある」
「む……」
 青年は文字の読めないらしく、なにかがしたためられた紙をガーランドに手渡してきた。受け取ったガーランドはその場で絶句する。
「ガーランド?」
「……」
 心配げに青年は見てくるが、ガーランドはそれを無視した。紙を手にしたまま、ぶるぶると小さく震わせる。振動で紙が揺れているが、気にすらできなかった。
 その紙には【どちらかが相手を拘束しないと出られない部屋】と大きく印字され、部屋を出るための必要事項がつらつらと記されている。記載されていたものをすべて脳内に叩き込んだガーランドは、その紙をくしゃくしゃに丸めてその辺に投げ捨てた。
「くだらぬ」
「……?」
 ガーランドは青年にわからないように周囲を見まわした。部屋の隅には小さな箱があり、その中には緊縛するための縄なり拘束具なりが詰め込まれているのだろう。
 目の前にいる青年に使うのも憚られるが、ガーランド自身に使われるのも遠慮したい。それに、解錠条件がその程度でいいのなら、青年を相手にすることはひとつだった。
「共鳴が起こらぬことを祈れ」
「えっ? ……っ、⁉」
 ガーランドは青年の腕を掴むと、ぐいと力強く引き込んだ。ガーランドに腕を引かれた青年は、抵抗する前に胸の中へと引き寄せられる。ガシャンと互いの鎧のぶつかる金属音が部屋に大きく響いた。
 ガーランドの胸の中に閉じ込められた青年の、ひっと息を呑む音が耳に入る。しかし、青年が胸の中で大人しくしているはずはない。
「ガーランドっ! なにを……?」
 困惑したような表情を浮かべ、瞳を不安げに揺らす青年を落ち着かせるように、ガーランドは両の腕でしっかりと抱きしめる。そのせいで互いの鎧から生じる金属音は擦れるような音を出し、青年の兜は身を揺らしたせいで床に落下した。
「……ふん。これしきで儂らを足留めでもしようとしたか。くだらぬ」
 カシャンと解錠される音が鳴り、閉じ込められた部屋からの脱出経路は確保された。生真面目な青年にすれば早く仲間のもとへ戻りたいのだろうが、ガーランドとしてはもう少しふたりだけの時間を楽しみたいところであった。
 青年を抱きしめたことで、ガーランドはようやく理解した。千載一遇ともいえる絶好の機会を逃してしまったと。だが……。
 扉が閉まれば、また別の解錠条件を出されるかもしれない。得た機会を逃したのは惜しいが、今はこの場をさっさと離れてしまうに越したことはない。そのため、ガーランドは青年を胸の中からさっと解放した。素早く兜を拾い、青年の頭に戻す。それから青年の手を繋いでから引き、そのまま部屋を出た。

 部屋を出た途端、扉は施錠の音とともに閉ざされてしまった。もう少しあの状況を楽しんでおくべきだったとガーランドが考えていると、繋いだ手の上から青年がそっと手を添えてきた。
 グローブで覆われた青年の手からは体温を感じることはない。それでも青年からの積極的な行動に、ガーランドは兜の中で少し目を見開かせていた。
「もう少し……このままでいてもいいだろうか」
 ガーランドが見下ろせば、わかりにくく青年は頬を朱らめている。ガーランドにしかわからない程度の青年の感情変化に、くくっと苦笑して顔を歪ませた。
 部屋に閉じ込められたことを理由に、まだ帰りたくないのだと……言外に伝えてくる青年が添えた手に、ガーランドはその上からさらに手を添えた。繋げられた手の上から、ふたりで重ね合わせた手を見た青年は、眼を大きく見開かせ頬をゆるゆると薔薇色に染めていく。
「その反応……肯定と捉えてよいな」
「……」
 否定も肯定もせずに手を離そうともしない青年を連れ、ガーランドは歩きだした。青年は抗うこともせずに黙ってついてきている。
 共鳴が起こらないのは神々の力の及ばない場所なのか、別の空間なのか。青年とふたりでこの場所に足留めをして、時間稼ぎをしようとしているのかとガーランドは考えていた。だが、それも今はどちらでもよくなった。事を早く済ませて戻ることができれば、周囲にも気取られることはない。
 意味不明な場所に来れてこられてしまったのだから、この際あの世界のことは今だけ考えないようにして、ガーランドは人の気配の感じられない場所へと向かった。
 ふたりきりのときしかできない秘め事を行うために──。

                    ──了