言葉の使い方

                 2022.12/01

 side:ウォーリアオブライト

 夜中に陣営を抜け出し、誰にも見つからないようなひっそりとした森のなかでガーランドと落ち合う。そうして、ウォーリアオブライト──ウォーリアは久々にガーランドとたくさんの話をした。
 内容は互いの陣営のこと、ヴェインに突きつけられた現状問題、近況などが主だったものであった。互いに腹を探るということもなく、柔らかい草の生えた地に座り込んで本音を語らう。荒地ばかりであった旧世界でふたりきりになり、幾度となく戦ってきたことはある。だが、こうして宿敵と語らうことは、今までにそうなかったことのように、ウォーリアは思えていた。
 思わず話に花を咲かせ、ウォーリアもガーランドも一睡もすることなく夜通し語り合った。
 ガーランドという男は、自らをさらけ出してくるような人物ではない。そのため、こうしてガーランドが本音を告げてくることに、ウォーリア自身も嬉しく感じていたのかもしれない。饒舌とは言い難いウォーリアも、このときばかりは疑問を含めてガーランドに言葉を投げかけていた。
 しかし、楽しい時間というものは、時の経過も早く感じてしまう。語り明かして過ごした一夜は終わりを迎え、ウォーリアとガーランドは互いの陣営へと戻った。といっても、ウォーリアはガーランドがどこにいるのかがすぐにわかってしまうため、寂しさを感じることは特にない。

「んっ、」
 夜通しの語らいは眠くはないが、同じ姿勢で行っていたために躰が少し強ばっている。陣営に戻ってから、ウォーリアはくっと背伸びをした。鎧の擦れるような金属音が生じる。
 そのときにウォーリアは欠伸のような小さな吐息を零したのだが、それは周囲にしっかりと見られてしまった。鎧の擦れる音が周辺に大きく響き、それに伴ったウォーリアの欠伸が珍しい光景に映ったからなのだが……。
「珍しいね。あなたが欠伸なんて。寝不足かな?」
「いや。それは、ちが……う?」
 アルフィノに聞かれたから否定で答えようとして、ウォーリアは躊躇した。欠伸と言われてしまえば、そうなのかもしれない。ウォーリアの瞳にはうっすらと水膜が張っている。
 そう言われてしまうと意識をしてしまうものらしく、本格的な欠伸とともにウォーリアは眼を擦っていた。これは瞳に貼った水膜を拭うためでもあったのだが、これもまた周囲には見られていたようだった。
「それで? 夜中にここを抜け出して、なにをしていたんだい? 哨戒にしては、随分遅い戻りだったように思えたけど」
 今度はセシルに訊かれたから、ウォーリアはうむと頷いて答えた。
「時間も眠ることも忘れて、ガーランドと昨夜は夜通し……。おかげで躰が少しだるくてつらいが、楽しかったから私は構わない──」
のだが。と言おうとして、ウォーリアは周囲の空気が変化したことに気づいた。この場にいる仲間たちが一斉にウォーリアを見ている。なかにはヒソヒソと話し合う者たちまでいた。
「っ、」
 鎧装備のまま、同じ姿勢を続けて話し込んだために躰が強ばっている。それを説明しようにも、周囲からのジロジロといった好奇心丸出しの視線やニヤニヤと含んだような視線、それからこの場の空気がそれをさせてくれそうにない。
 これらの視線がどうにもいたたまれなくなり、ウォーリアは声をかけてくれたアルフィノやセシルに視線を戻した。……二人も、ほかの仲間たちと同じような目で、ウォーリアを見ている。ガーランドと夜通し語り合ったことが、それほど珍しいことなのだろうか? ウォーリアは首を傾げて考えた。けれど考えてもわからない。
「……すまないが、哨戒に出てくる」
 このざわついた居心地の悪い場所から逃れるように、ウォーリアはこの場をあとにした──。

 side:ガーランド

 一方、その頃のガーランドはというと……。
「ぐっ、」
 少し強ばった肩をコキコキと鳴らし、呻くような声を出していた。厳つい兜のせいで表情は隠れてしまっているが、態度からどこか疲れている様子が窺える。
「どうした? 随分お疲れのようではないか」
「……そうだな」
 馴れ馴れしく肩をポンと叩いてきた皇帝にぴくりと眉を動かすが、それでもガーランドは興味なさげに流していた。この場には皇帝だけではなく、ザンデやジュグランなども居る。あまり公にはしたくなくて、肩に置かれた皇帝の手をさっと払い除けた。
「ほう。その様子では相当お愉しみだったようだな。貴様がそのような態度では、密会と疑われても知らぬぞ」
 ふんと鼻で嗤って払われた手を戻す皇帝の挑発的な態度に、ガーランドもまたふんと鼻で嗤った。首をひとつコキと鳴らし、思い出すように告げていく。
「……ふむ。あれとの一夜は久々ゆえに、儂も加減ができんかった。素直になったあれを見下ろすのも、なかなか愉しくてな」
 会話が弾んでしまい、休むことなく一夜が過ぎてしまった……と、年甲斐もなく完徹をしてしまったことを告げたはずだった。それなのにこの場が凍りついたように、周囲の者がガーランドを変な目で見たまま硬直している。
「……はっ、否定すらしないとはな。とんだ宿敵同士だ」
「なにを……っ、⁉⁉⁉」
 ちっ、ガーランドは舌打ちした。皇帝の言いたいことが手に取るようにわかってしまう。しかし、ガーランドは弁明すら面倒に感じ、そのまま放置してしまった。勝手に噂が広がっても、かの光の戦士が即否定するであろうと……ガーランド自身が説明をここでしなくても、向こうでしてくれるものだと勝手に期待をしてしまっていた。
 その結果、余計に拗れてしまうことになるとは、ガーランドはこの時点で気づくことができなかった──。

 ***

「……これは? どういう……こと、だろうか」
 ウォーリアは驚愕していた。先までざわついていた仲間たちが黙々と祝宴の場を開こうと準備をはじめだしたからだった。なにもなかったこの場はたくさんの花で飾られ、料理上手な仲間は大量の料理をどんどん作り出している。
 それだけではない。普段は行動をともにしない、元スピリタスの陣営の者たちまで数人が花束や贈り物を持って、この場に集まっていた。
「やあ、聞いたよ。まぁ、僕はわかっていたけど、改めて告げられたのなら応援してあげないとね」
「……なんの、ことだろうか」
 はい、とクジャから花束を押し付けられるように手渡され、ウォーリアは戸惑いながらも受け取った。
 この世界でエアリスが望み、ウォーリアが具現化させて作られた花々の束は、優しい芳香と清楚な色合いのものでまとめられている。クジャの花選びはとても良いもので、周囲もこの花束に感嘆の声をあげていた。
「謙遜しなくていいよ。僕はジタンに呼ばれているから、そのついでに……も兼ねているしね」
「……」
 ジタンに呼ばれて、どうして花束を渡されるのか。そもそもの意味がわかっていないウォーリアは、クジャに対して首を傾げることとなった。
「………………」
……なぜ、そこで否定をせぬか。
 スピリタス陣営に連れられてこの場にやってきたガーランドは、大きく拗れてしまった事の重大さに頭を抱えることとなった。そして、誤解を招く発言を皇帝にしてしまったことに、多大な後悔を抱くのだった。
 しかし、人の噂も七十五日と言われることから、ガーランドはなにも語らずを決めることにした。あの青年がなにもわかっていないなら、特に気にしなくても周囲は察して沈静化するだろうし、ここでガーランドが弁明したところで変に受け取られるか、逆に大きくされてしまうのが目に見えてわかってしまう。
 ここは黙っているほうが吉と、ガーランドは否定も肯定もすることなく、ちっと小さく舌打ちしてこの状況を見守っていた。あの青年が余計なことを言えば、即座にフォローができるように……と、なるべく遠くも近くもない距離で見張るようにしていたのだが……。
「よー、おっさん。聞いたぜ! やっとだな。告白はどっちからだよ? おっさんか? あいつか?」
「……余計な詮索をするでないわ」
 バッツに声をかけられ、ガーランドはもう一度舌打ちをした。この会話をあの青年に聞かれると面倒でしかない。誤解をこれ以上招かれたくはなくて、ガーランドはバッツからふいと躰ごと逸らした。
「バッツ、どういうことだ? 告白……とは?」
 ガーランドとバッツの会話が聞こえてしまったのか、ウォーリアは二人の傍へと寄ってきた。ご丁寧にクジャからもらった花束をウォーリアは持っている。青い鎧と白い腰布の姿と相まって、ガーランドの目からしてもとてもよく似合っていた。
 だが、そんなウォーリアに対し、ガーランドは複雑な感情を抱いてしまった。花束を持ったウォーリアは、控えめにいってもいい意味でよろしくない。無防備なところを誰かに襲われでもしたら……。ガーランドも察することができるとはいえ、間に合うかわからない。
 先日のシャントットのように、力を狙われることが今後もあるかもしれない。そう思うと、今回のこの騒動に近い祝いの場は、ある意味利用するに適しているように思えた。
 きょとんとした顔をしているウォーリアに、バッツはにこやかに笑って親指を立てていた。ウォーリアはやはり意味がわかっていないのか、美しい柳眉をぴくっと動かしている。
「あれ? お前とおっさん……がやっとくっついたって、みんな喜んでるんだぜ? そのための祝いの席なのによ」
「くっついた……? 祝いの、席……?」
 こてんと首を傾げるウォーリアの態度に、周囲はまたざわついた。そしてヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「おい、どーなってんだよ。あのふたり、付き合ってるんじゃねーのか?」
「いや、オレはそう聞いたぜ。でも、今の言葉は……」
 などが囁かれ、場の空気までが不穏なものに変わっていく。こうなってくると、痛々しさと憐れむような視線で周囲から見られるのはガーランドであり、ウォーリアのほうはというと……。
「いや、お前はそのままでいーよ」
 事情を察したのか、くくっと苦笑いしたバッツは、ウォーリアの肩をポンポンと叩いた。
「?」
 バッツから肩を叩かれて、意味ありげな言葉まで添えられたウォーリアは、花束を持ったまま困惑の表情を深くしている。
「ま、こういうこともあるだろーよ。おっさん、気を落とすなよー」
「……黙れ、小童が」
 ウォーリアはそのままバッツに連れていかれ、周囲の痛々しい視線と空気だけがガーランドに残された。場の居心地の悪さからガーランドが立ち去ろうとすると、そこに皇帝が現れた。皇帝のにやついた顔に、ガーランドは兜のなかで眉を顰めている。
「さっさとあの光をものにしておらんから、こういうことになるのだぞ」
「……やかましいわ」
 蔑むように皇帝に言われ、地を這うような声をガーランドは出すしかできなかった。誤解を招く発言をしたのはガーランドであり、皇帝の言も否定はできない。ガーランドは続けた。
「あれは儂のものよ。今はああでも、いずれ儂がすべてをもらい受ける」
「ふん。それを本人に伝えればいいものを……私に言ってどうする?」
「外堀を埋めてくれたことには感謝しよう」
 あのときの発言にも問題はあったが、それをわざと歪曲させて勝手に広めてくれた皇帝に対し、ガーランドは後悔もあるが、少し好都合にも捉えだしていた。これなら、あの青年に言いよる輩に対して牽制ができる。ガーランドがいるというのに、わざわざ声をかける強者が現れるとは思えなかった。
「……あれにはまだ理解が足りぬだけのことよ」
 急ぐことはない。この箱庭のような与えられた世界で、神々から託された力を互いに行使して過ごすのだから、想いは通じ合える。それに、時間を忘れて語り合えることができるのだから、互いの想いもきっと同等のものだとガーランドは確信している。あとはあの青年の心がもう少し成長するのを気長に待つだけだった。
 幸いにも、いろんな世界から戦士は召喚されているし、先日は色恋のことで青年も学ぶ場を得ることができている。それなら、ガーランドと語らう意味に気づけるのも時間の問題だと。考えたガーランドは、この痛々しい空気のなかでも愉悦さにくくっと小さく嗤いだした。そして、それは徐々に大きくなっていった。
「ふっ、ふはっ! ははははは……っ‼︎」
「⁉」
「ガーランド?」
 微妙な空気のなかでガーランドは高らかに嗤いだし、皇帝を含めた周囲にいる者をさらに引かせてしまうのだった。

 Fin