風邪1組

                 2019.01/23

ケホケホ…

「何故ここに来た。秩序の小童どもの元におれば良かろうに」
「……うるさい。私の勝手だ」
 頬を朱く染めたウォーリアがカオス神殿に訪れたのは先刻。謁見の間の玉座に座っていたガーランドは、すぐにウォーリアの異変に気付いた。大きな溜息をはき、ウォーリアを担ぎ上げる。

『私はものではない!』

 背中からウォーリアの憤慨する声が聞こえてきたが、空耳と捉える。神殿最奥にある自室へ到着すると、青の鎧を脱がせてそのまま寝台の中に押し込んでやった。
「まあ、儂に移さなければ儂は構わぬ。適当に寝ておれ」
 冷たい布をウォーリアのひたいに置いてやる。気持ちいいのか、ウォーリアは黙って眼を閉じた。相当高い熱があるのに、よくここまで来れたな……。内心で感心してしまう。つい出てしまった悪態に、ガーランドはコホンとひとつ咳払いをして誤魔化した。
「……付いていてくれないのか?」
 ゆっくりと瞼を開けたウォーリアは、瞳だけを動かしてガーランドを見上げる。どうやら動く体力も尽きているらしい。ぼそりと口に出した小さな要求は、ガーランドの耳にも届いた。
「付いていて欲しいのか?」
ひとりでも寝れるだろうに。そこまで言いかけ、ひたいに置いた布を取る。布に触れ、ガーランドは眉を顰めた。
 少し潤んだウォーリアのアイスブルーが、じっとガーランドを見つめている。だが、すぐにバッと掛布を頭まで被り、すっぽりと身体を覆ってしまった。ひたいに置いていた布はすっかり温くなり、ウォーリアの高熱の度合いを伺い知れた。
「……もういい、私は寝る」
「……」
……なるほどな。
 ガーランドは声に出して嗤いそうになるのをなんとか堪え、寝台に上がった。ギシリ……。寝台の軋む音を聞き、ウォーリアは頭だけを掛布から出した。ガーランドの姿を捉えるとふい、と背中を向けてしまった。
 どうやらヘソを曲げてしまったらしいウォーリアの頸に腕を入れ、腕枕をしてやる。ウォーリアは高熱で熱くなった身体を、ガーランドの方に向けた。
「あのお節介どもの前では気が休まらぬか?」
この青年があの小童どもに熱が出たことを正直に伝えるとは考えられない。おそらく旅人の隙を狙い、兵士にここへ行くとだけ伝え、なんとかここまで着いたのだろうが。ガーランドは考え、ウォーリアの背中をトントンと優しく叩いてやった。
「…………。そうではない。私はただお前の傍に──」
「傍に、何だ?」
 ウォーリアは暫く黙っていたが、ガーランドの胸に頬をあてるとそっと眼を閉じ口だけを動かした。心地よいガーランドの鼓動と合わせるように、トントンと優しく背中を叩かれる。
 自身の身体が相当参っていたのだと、ウォーリアはようやく自覚した。もう眼を開けることもままならなくなり、ガーランドの声が遠くに聞こえるのを感じた。
「……」
……寝た、か。
 いくら女神の力が働き、安全な場所であっても、所詮は野営地と呼ばれるだけの吹き曝しの大地に居を構えているだけにすぎない。予期せぬ襲来があってもおかしくはない。ウォーリアはメンバー達を守る盾として前衛に立つ身だから、普段からほとんど眠ることをしない。常に気を配り、眠るときも鎧を身に纏ったまま、テント内ではなく外の樹に凭れて眼を閉じる程度。熱が出たと、もし小童どもに知れたら……?
 くっ、先ほどは何とか堪えたが、今度は嗤い声が少し洩れてしまった。発熱がバレればおそらく説教と献身的な看護が付くであろうことは、ガーランドですら容易に想像が出来た。ウォーリアがここに逃げ込むのも動機としては不十分だが納得は出来る。

『私はただお前の傍に──』

 通常ならウォーリアが絶対に言わない言葉を、熱に浮かされながらとはいえ聞くことができた。これだけで、ガーランドとしては満足だった。
 身体の熱いウォーリアから離れ、ガーランドは寝台を下りた。執務室へ移動して使い魔を呼び出す。紙に何かをしたため、使い魔に渡す。紙を受け取った使い魔はすぐに飛んで行った。
……ずっとここにおいておきたいがな。
『熱が下がるまで神殿で預かる』といった主旨の文を見れば、あの兵士なら大丈夫であろう。ガーランドはウォーリアのひたいを冷やす水を汲みに部屋を出た。

**

その後……

ゴホッゴホッ

「……おっさん。しばらくは安静に、だな。これは薬」
「すまぬな、旅人よ」
 ウォーリアは完治し、入れ替わりでガーランドが発熱したのは、やはりお約束といえるものだった。
 そして看病の出来ないウォーリアに代わり、バッツが神殿までわざわざやって来た。憐れみの目を向け、ガーランドの世話をすることになる。
「お前でも発熱するのだな。鬼の霍乱というものか?」
 看病する者とされる者、意外と仲のいいバッツとガーランドを羨ましく思ったのか、ウォーリアは悪びれることもなく、ほろりと発した。ウォーリアの言葉は、さすがの二人も逆鱗に触れた。バッツもガーランドも、普段はウォーリアを怒ることのない大声で怒鳴った。
「「誰のせいだと(怒)!」」

 Fin