不器用な者たち

                 2023.3/05

「ヴァン」
「……なんだよ」
 神々がいなくなってしまった異世界──。誰に召喚されたのか、ヴァンの兄レックスがこの世界にやってきた。
 ヴァンはレックスとの再会を、はじめは受け入れることができなかった。だが、少しずつ実感が湧き、ようやく兄弟で在れることを感じ出していたころ……。ふと、バッシュに呼び止められ、ヴァンは眉を顰めながらも答えていた。
「その、なんだ……」
「ああ?」
 ひどく歯切れの悪いバッシュの態度と言葉に、なぜかヴァンの心は苛立ちを募らせた。そのせいで、ついつい言葉にも、バッシュと向き合う姿勢にも、悪態が出てしまったのだが、当人はそれどころではないらしい。
 少しモジモジとして、なにかを言いづらそうにしているバッシュを見るのは、ヴァンも初めてのことだった。
 ナルビナ地下牢獄で出会ったときは、ひどい拷問と長い投獄による身体の衰えがバッシュに見られた。それなのに、ヴァンたちの盾になると同行し、またアーシェの護衛として、長い旅をずっと続けてきた。
 鎖に繋がれていたときから、弱っていてもハキハキと発言していたバッシュが、考えては打ち消すような素振りをどうしてここまで見せるのか。悪態をついていたヴァンも、いつしかバッシュのこの不可解な行動を観察するようになっていた。
「いや、その……君のお兄さんのことだが」
「兄さん?」
 モジモジとらしくない動きを見せていたバッシュだったが、意を決したのかヴァンにずいっと身を寄せてきた。
 これに圧倒されたのはヴァンのほうで、目を丸くしながら後ずさった。バッシュは物腰柔らかで、常に控えめにしているが、前に出るときは思いっきり出る。自らを盾に使えと言っただけのことはあった。
 もっとも、そういった人物でないと将軍なんて役職につくことはできないし、ヴァンの兄であるレックスも尊敬して従うことはない。
「……」
 長い旅のさなか、ヴァンはいろいろなことを学んだ。バルフレアから空賊としての知識を、そしてバッシュからは──。
「……ホゴシャ、ってやつなのかな」
 今ならわかる。あのときはわからなかったことが、この世界でいろいろと見てきて、ヴァンなりに学んで理解できるものもある。バッシュのヴァンを見る目線は、どう見ても保護者に近い。親子もしくは孫子でこの世界に在る仲間と同じ空気を、バッシュとヴァンは自然に出している。
「保護者?」
「いや、こっちのこと。それより、なんだよ」
 独り言を聞かれてしまったことに、なんとなくバツが悪くなり、ヴァンは素っ気なく返した。バッシュは首を傾げながらも、告げようとしたことを改めるかのように、こほんとひとつ咳払いをする。
「その、君のお兄さんに……決まった人はいたのだろうか? もしくは、いるのか?」
「は?」
 なにを言われたのか。ヴァンは理解ができなかった。あまりに唐突すぎて、頭が真っ白になる。そんなこと、部下だった本人に直接訊けばいいのに。旅をしているときはなにも語らなかったくせに、どうして今ごろになって訊いてくるのか。
「まさか、この世界で彼に再会できるとは思わなかった。あのときのこと、私はずっと悔やんでいた」
「……」
いや、だからなんだと。ヴァンは喉まで出かけた言葉を呑み込んだ。こういった役回りは決まってバルフレアが担当していたはずなのに、どうして自分がやらされているのか。ヴァンは明後日を向いて考えていた。
「その。この世界では、彼に対して遠慮する必要はないと考え──」
「あーっ! もういいよっ!」
 さすがにヴァンの堪忍袋の緒がキレた。この会話はふたりだけで行うものであり、ヴァンが関与するものではない。
 どうせバッシュのことだから、レックスが仲間たちに囲まれているのが気になってしまうのだろう。特にジャックとは、合体技の相方としてものすごく意気投合している。
「オレには関係ないだろ! 兄さんが気になるなら、今度はちゃんと見ておいてやれよなっ!」
 プリプリと腹を立て、ヴァンはバッシュを放置してこの場から離れた。いい歳した大人がなにを……とも思うが、バッシュが恐れてしまうのも、ヴァンには痛いほどわかってしまう。
──また、喪ってしまうかもって思ったのは、オレだけじゃないってことか。
 この世界に存在するあいだのみ、死を迎えた者も生存が可能となる。しかし、それは元の世界に戻れば──。
 エースが恐れ、魔導院に立てこもったことを思い出し、ヴァンは身を震わせた。でも、今だけでも。今在るこの時間を大切に使い、過ごすことは十分にできる。
 ぴたりと脚を止めてその場にヴァンは佇み、周りを見まわす。レックスはジャックとの合体技を極めるために、ひとりで延々と鍛錬を繰り返し、バッシュはそれを心配そうに見ている。結局、行動は起こしていないようだった。
「しゃーねーな」
 はぁと溜息をひとつつき、ヴァンは走ってきた道を引き返した。これまで保護者役を買って出てくれた不器用な大人の協力をしてあげるために、手を振って兄のもとに向かう。
「にいさーん! 聞きたいことがあるんだー!」
「ヴァン?」
 鍛錬の手を止め、ヴァンの話に聞き入るレックスの頬が赤く染まるのは、もうすぐのこと──。

Fin