闇を讃える声

                2021.6/06

 ガーランドがかつて闇に堕ちた騎士であったことは、この世界に住まう者たちに広く知れ渡ってしまうことになった。それでもガーランドの周囲は、いつも人で溢れかえっている。
「ガーランド様っ、闇の騎士であったころのことを教えてくださいませ!」
 ここではない異界の地──この世界と酷似した閉ざされた世界でのこと、この世界を滅亡へと導こうとしたことを、どうしてか人々は聞きたがった。
 これには理由がある。ルカーンの口承した〝光の戦士の伝説〟──御伽噺だと言われていた架空の伝説の、この世界を闇に葬ろうとした悪しき騎士が、ガーランドだと知られたのが一端となる。
 世界を滅亡させようとした闇の力を持つガーランドと、その隣にいるこの世界に光を取り戻した英雄と称される光の戦士──ウォーリアオブライトと。
 誰しもがガーランドと相対した光の戦士の冒険譚──ルカーンの口承に隠された真実を聞きたがった。そこに紐解かれる、ガーランドとウォーリアオブライトとの因縁の戦いが記された閉ざされた世界での伝説のことも──。
「ガーランド様、ぜひ闇の力のことを……」
 しかし、人々は世界に光を取り戻したウォーリアオブライトではなく、ガーランドを慕った。ウォーリアオブライトの存在は人々に忘れられ、伝説のなかにしか残されていない。というのも、ガーランドが闇に飲まれてしまう前の世界に正されてしまっているのだから、正したその本人のことを覚えている者は誰もいなかった。ガーランドですら──。
 そのため、その本人がガーランドの傍にいたとしても、人々はウォーリアオブライトが〝光の戦士〟であることに気づくことはなかった。もちろん、ガーランドもウォーリアオブライトが隣にいることに、気づくこともない。
「ガーランド様、どうか剣の指南を」
 戦いに長けたガーランドに、教えを請おうと人々が集まるのも頷けることだった。しかし、ガーランドは首を縦に振ることはなかった。
 一度は闇に堕ちたその腕で、剣を振るうことはやめたのだった。騎士団長という任には就いているが、それもじきに退団するつもりでいる。『世界を滅亡を導いたその力を、今度は護るように』との声があげられるなかで、頑なにガーランドが決意したことであった。
「ガーランド様!」
「……ガーランド」
「ガーランドさま」
 ぴくりとガーランドは反応した。人々から呼ばれる声のなかに、聞き覚えのある……しかし聞いたことのない声が混ざっている。その声を探し、ガーランドは周囲を探った。だが、人だかりのなかで、その者を確認することはできなかった。
 ガーランドの隣にいたウォーリアオブライトは、いつの間にか姿を消していた。
「おまえの姿を見ることができて、私は安心できた」
「っ、⁉」
──今の、声は。
 ガーランドを『おまえ』と呼び捨てた声に、心がざわめいていく。心を侵食していく。覚えのない声を求めて……ガーランドは動きだした。人だかりをかき分け、この場を駆け抜ける。

 ここにはもういないかもしれない、相対する光を求めて──。

 Fin