端午の節句

                2019.5/06

「何だ、これは……?」
「これは柏餅と呼ばれるものでな。この時期に食うものだ」
「そうなのか……」
それがこの国のしきたりなのか……。感心するウォーリアの傍で、ガーランドはトポトポと茶を茶器に注いでいる。
 面倒なので明確な説明を端折ったのだが、それでもウォーリアは納得したようだった。茶を淹れたガーランドはすっとウォーリアに茶を差しだした。
「茶と共に食え」
「ありがとう……熱い」
 熱くて飲めない茶をガーランドは平然と出してくる。それについては何度とウォーリアも伝えてきた。しかし、いつしか説明しても無駄な気がして、何も言わなくなっていた。受け取るだけ受け取り、飲むこともなくそのまま冷めるまで置かれてしまうのが実情だった。
「……いただきます」
 熱くて飲めない茶をテーブルに置き、ウォーリアは出された柏餅のひとつを手にした。緑の大きな葉に包まれた餅が艶よく輝いている。
「……」
 ウォーリアは困惑していた。どう見てもこれを食すには無理がある。それでもガーランドがわざわざ入手してきてくれたのなら、ひと口でも食べておきたかった。ウォーリアはたっぷり数十秒は柏餅と睨めっこしていただろう。
「ウォーリア、どうした?」
「……何もない、いただこう」
 意を決したウォーリアは柏餅に齧りついた。舌触りの悪さ、葉の硬さ、そして葉の青臭い味……全てが悪い方向へ向かっているかのようだった。
「……」
……硬いし不味い。
 ウォーリアの感じた率直な感想だった。この国の者はなぜ好き好んで、このようなお世辞にも美味しいとも言い難い……中の餅は美味しいが、これをこの時期に食すのか? この世界へ来たばかりのウォーリアには、まったく理解を得ることができなかった。
「……何をしておる、お前は」
それは外して食え。ガーランドは葉ごと餅に齧りついたウォーリアに呆れていた。天然だとは思っていたが、まさかこのような突拍子もないことをやらかすとは……。ガーランドはひたいを押さえていた。
 眉を顰めて咀嚼していたウォーリアはごくんと嚥下すると、柏餅を皿に置き、こてんと首を傾げた。
「……この葉は食用ではないのか? 先日の桃色の餅の葉は食べていたではないか」
「桜餅と柏餅は使用する葉が全く異なる……柏の葉など硬くて食えぬ」
そういうことか。納得したガーランドは盛大な溜息をつきだした。
 桜葉に包まれた餅を先日花見の際に、出店で購入してやった。桃色と緑と色合いに気に入ったのか、ウォーリアは眼を輝かせて食べていた。
 柏餅も同様に葉ごと食べると思い込んでいたらしいが、おかしいとは思わなかったのだろうか……。柏のあの葉を食用と判断した時点で何もかもが間違っている気がする……。ガーランドは天を仰いだ。
 ガーランドの様子にむっとしたウォーリアは、ふいと顔を逸らした。齧った柏餅をちらりと見て俯き、ガーランドに聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた。
「私は初めてなのだぞ……。そのようなこと、知るはずもない」
「そうだな、儂が悪かった」
 この世界に来て初めて迎える節句を、ウォーリアに祝わせるつもりでいた。それなのに、このようなことで諍うわけにはいかない。
 くっ、ガーランドは苦笑していた。ウォーリアを見れば、口内を柏の葉の味が占めているのだろう、その柳眉を顰めている。
「もう冷めておるだろう、飲め」
「お前……わかっていて」
「儂がお前の言ったこと、お前の猫舌体質を忘れるとでも思うたか?」
「……!」
 ウォーリアの頬がみるみる染まっていく。それに伴い、首の角度も下がっていく。完全に羞恥でいっぱいになったウォーリアをさらに苛めてやりたくなり、ガーランドは耳許で囁いた。
「風呂へ行くか……?」
「まだ風呂へ行く時間では……んぅ」
 ちゅっ、軽く触れる口付けをされ、ウォーリアは発言を強引に中断されていた。触れるだけが、少しずつ深いものへと変わっていく。
「ぅん、」
「ウォーリア、風呂には菖蒲という草が入っておる。それも今時分のものだ」
「……そうなのか? それならば……入りたい」
 口付けされ、とろりと蕩けたアイスブルーで一心に見つめられる。口付けあとの艶めいた声で誘うように紡がれれば、ガーランドとて断る理由など見あたらない。
「では……行くか。次は儂が喰らう番だな」
「……?」
「此方のことだ……行くか」
「うわ、待て……っ、急に」
 ひょいとガーランドに担がれ、ウォーリアは驚愕により批難の声を上げた。ふとテーブルに目を向け、柏餅がウォーリアの齧ったもの以外はすべて手付かずなことに気付いた。そして、ウォーリアはガーランドの言葉の意味を風呂で知ることになる──。

 Fin